元彼

一年前の今日。
「一年後、まだ好きだったらまたこの場所で会おう。」
といい、彼は去っていった。
彼のことが好きで好きで、しょうがなかった高校三年の冬の話。
あの時の私はあまりのショックでご飯もろくに食べられずに毎晩しくしく泣いていた。
そのたびに彼のあたたかさを思い出し、もう触れられないという現実を目の当たりに感じて
苦しくなった。
彼は浮気したのだった。それでも彼と別れたくなかった私は許した。
けど、それが、そうゆう露骨に追いすぎた私の態度が彼はうんざりだったようで。
わかっていた。けど私の感情はおさえきれないほど、彼しかなかったのだ。
若かった。

なんてね。まだ一年しかあれからたっていないのだけど。
私はあのあと三ヶ月ほど経ってから新しい恋人ができて、
だんだんと彼のことを忘れていった。
でも。
私はここに来てしまった。
この場所とはなんでもない、高校生のときによく行った
地元のファミレスで、私はあのころに彼が好きだった、ナポリタンのスパゲッティー
を食べている。
彼のことが好き、ではない。なんというか好奇心にも似た感情。
彼がどうなっているか見たかった。私の方が幸せであることに自信があった。
見せ付けて勝ち誇ってやりたかった。
彼のことが好きだった分憎しみも大きかったのだ。
連絡なんてしてない。だってメールも電話もアドレス帳から消してしまった。
来るかどうかもわからない、けど
私はここにいる。
三杯目のカフェオレがカップの半分の量まで消えた。
来ないというだめもと。けどもし彼が来たことを考えると胸が高鳴った。
二階にあるこのファミレスは窓際の席から通りを行く人が見渡せた。
日曜日の昼下がりなので人が多かった。
スクランブル交差点は信号が青になると
蟻の巣の入り口みたいに人がうじゃうじゃ行きかっている。
「あさこ。」
急に名前を呼ばれて心臓が一瞬止まった。
振り向くと彼はいた。
彼は一年前とは全然違う雰囲気だった。
常時パーカーにジーンズだった彼が今ではスーツを着て
髪も茶髪から黒髪になっていた。
私はしばらく何もできなかった。
久しぶりといって彼はテーブルを挟んでごくふつうに向かいの席に座る。
すかさず定員がきて水を置く。彼は一口それを飲んだ。
コップを包む大きな手を私は見つめた。かつてそれは私の
あらゆるところに触れていた。
「久しぶり。何してるの?」
彼は言った。
彼は約束のことなんて忘れているようだった。
「彼氏を待ってるの。」
私はくやしいので嘘をついた。
「あーもう彼氏できたんだ。」
「うん。」
何を話していいかわからなくて私はただ黙ってしまった。
話したいことはたくさんあったのにいざ本人を目の前にすると
どの言葉も喉もとでつまって声にはならない。
「俺さぁ、」
沈黙に耐えかねたのか彼が口を開く。
「結婚すんだ。」
私は驚いてしまって
「はぁ。」
という気の抜けた返事をした。
今気づいたが、彼の左手の薬指には婚約なのかただのペアリングなのか
シンプルな銀の指輪がつけてある。
「今でもたまにあさこのこと思い出すんだ。でも
こうして会えて、元気そうでよかった。」
そうよ、あたしは元気よ。幸せよ。
「あんまり長居しちゃまずいよな。お前の彼氏に疑われても困る。」
別にいいのに。来ないわよ。嘘なんだから。あなたを待っていたのだから。
「あの時言えなかったけど、
はじめて付き合ったのがあさこでよかったよ。ありがとう。」
と捨て台詞して彼は手を振って奥の喫煙室に消えた。
二時間も待っていたのに
私は結局何も言えずにあっけなく彼との三分間は終わった。
つまらない意地を張って、なんてあたしは子供だったんだろう。
いつもあなたは私を置いていく。
負けだ。完敗。
私は食べかけのナポリタンを残し、残りのぬるいカフェオレを一気に飲み干し、
もう二度とここには来ないと誓い、席を立った。