眠り姫

目が覚めると夜の十時だった。
彼が来る。
いそいで私はお風呂にはいり、丁寧に体を洗い、お気に入りの香水をつけ、
化粧をする。
何時間寝ていただろう。今日は仕事が定時に終わったので、五時半には会社をでて
まっすぐ帰ってきたのでおそらく六時半には寝ていた。
最近、すぐ寝てしまう。それは彼と会う時間が待ちきれなくて、
どこに行っても彼のことばかり考えてしまい、買い物も手につかず、どうしようも
なかったので寝るという行為は私にとって一種のタイムスリップだった。
寝ている最中は何も考えなくていい。起きたら、彼が来る。
口紅を塗り終えたのと同時に彼が来て家のチャイムが鳴る。
私はご主人さまの帰りをまつ犬のごとく、パタパタと早歩きで玄関まで
たどり着く。
土曜と日曜だけ彼は来てくれる。彼は昔、私の直属の上司だった。
新入社員だった私に彼はいつでも私の相談に乗ってくれた。
ただただ、その優しさが大好きだった。
やがてそれが社内でばれそうになり私は仕事をやめ、今はアルバイトをして
暮らしている。
けっして彼は私のものにはならない。
彼には家庭があったからだ。だからこうして土曜の夜は私のアパートに
来てくれる。
私は彼が欲しくて欲しくてしょうがなくて、言葉も交わさぬまま、
顔を見るなり深いキスをし、そのまま抱きつきベッドに倒れこむ。
首筋に唇を這わせて、片手でシャツのボタンをはずし、またキスをする。
好き、好き、好き。
言葉にならず、というか言えず、頭の中で私が囁く。
「私のこと、好き?」
耳元で言う。吐息交じりのその言葉に深い意味はないただ
「好きだよ。」
というこの言葉を聞きたいがための誘導尋問でしかない。
「愛してる。」
私の愛してるはいつも一方通行だ。それを知ってても言いたくて
仕方なくて毎回言ってしまう。
彼の下着に手をかけ、体中にキスをする。

セックスは悲しい。一時の夢でしかない。わかっているけどわかっているんだけど
ただ人肌の温もりを欲してる。毎日待ちきれないほどに。

「いってもいい?」
彼が聞く。
やだ。私は動きを止めて彼の顔をじっと見つめる。
(いったら終わりじゃない。)
「好きだよ。」
彼が言う。おざなりに。それでも私はいい。
私が何もしないでいると彼はしびれをきらして果ててしまった。

けだるい時が流れて、私は無性に寂しくなる。
私の頭の下には彼の腕があるのだけれど
いつもいつもこの孤独を感じる。
と、静かな部屋に携帯の機械音が派手に鳴る。
彼はあわてて携帯を開き、彼のまぶしそうな顔が携帯の画面の光で照らされる。
「ごめん。」
彼は言い、忙しそうに下着をはき、シャツを着て、部屋をでていってしまった。
バタン、と無機質な音をたててドアが閉まる。
(いったら、終わりじゃない・・・。)
ベッドに残された私は服も着ずに
そのまま、また彼と会う土曜日を夢見て眠りについた。