友達の美紗子が急に「今から行っていい?」と電話してきたのでいいというと
その五分後に美紗子はあたしの家にきた。近くのスーパーのビニール袋を片手に下げて
「急にごめんね」という。
ポッキー、小枝、ポテトチップス、ラスク、クランキーチョコのあとに
美紗子の買ってきたスーパーの袋からでてきたのは、キャベツ、だった。
四分の一にカットされたそれはラップにつつまれ(98円)の値札が貼ってある。
「なんで、キャベツ。」
「キャベツが好きだから。」
別にいーんだけどさ。美紗子はおもむろにラップを剥がし、キャベツにそのまま噛り付く。
ざく、しゃくしゃく。しゃく、しゃく。
と、私はそれをみてうさぎを思い出した。

うさぎ

私は一年前うさぎを飼っていた。
名前を決めるのに悩んでいてあれこれ考えているうちに
その時私の彼氏だった亮平はうさ丸というとてもださい名前を勝手に名づけ、それが定着してしまった。
亮平とは高校生の時からの付き合いでかれこれ七年も付き合っていた。
大学をでてすぐ同棲して、私は当然のようにこの生活が続くと思っていた。
が、亮平は突然いなくなった。
ある日部屋に帰ると、家具が半分なかった。
がらんとスペースがあいたそこには亮平のタンス、机があったはず。
私はわけがわからなくて、ただ、動揺するばかりだった。
うさ丸が寂しそうにこっちを見ていた。
とりあえず、うさ丸のやわらかい毛並みを撫でて
なぜかものすごく冷静になった。
特に悲しいとか、寂しいとか、何も思わなかった。
ただ、あぁこうゆうことか、と納得しただけだった。
なんの前触れもなかったがなんとなくずっと前から
予想していたのかもしれない。

亮平がいなくなってから一ヶ月経ち、戻ってこないかなという期待も
かなり薄れていた。そんなものだったのかもしれない、私達の関係は。
私は引越しをすることにした。一人ではこの部屋の家賃ははらっていけなかったし、
それに新しくスタートをしたかった。
行動はすぐだった。いつもぐずぐず先送りにする私には珍しくとんとんと計画を立てて
新しい部屋を借りた。
そして一ヶ月経ち、やっと落ち着いたころだった。
うさ丸が死んでいた。
うさぎは寂しいと死ぬというけど、本当なのだった。
環境が変わったというせいもあると思うけど
若すぎる死だった。二歳。
もしかしたらうさ丸は私の寂しさのぶんも知らず知らずのうちに
吸収していたのかもしれない。私はその時、やっと泣いた。
今までのぶん、全部。

そんなかつての自分と重なるようにキャベツをしゃくしゃくしながら
美紗子は泣いていた。
見るも無残なキャベツ。しんとその周辺だけ残っている。
「どうしよう、また一人になっちゃった。」
自分の誕生日だというのにふられた美紗子はしゃくりながら言う。
美紗子は前から誕生日を楽しみにしていた。
「お台場でデートするんだ」
と五日前にそう、嬉しそうにあたしに話していた。
そのデートのために美紗子は新しいワンピースを買い、
茶色い長い髪の毛にゆるいウエーブをかけていた。
そんな美紗子のかわいい努力を知っているだけに
あたしもとても悲しかった。
「なにがいけなかったんだろう。他に女がいたのかな・・・。」
と美紗子は自分で言ってまた悲しくなっている。
美紗子の悲しさがわかる分、「新しいひとなんてすぐ見つかるって」とか
「恋愛以外にも楽しいことなんてたくさんあるんだから」とか
気軽なことは言えなかった。
あたしはただ、きづいたら美紗子の髪の毛をなでていた。
きれいなウエーブがかかった髪。
本当は大好きな人に撫でて欲しかった髪。
柔らかなその感触にうさ丸を思い出した。
「今日は泊まっていきな。明日、にんじんケーキつくってあげる。
お誕生日おめでとう。」
美紗子は顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。
ついこの前のあたし。
見守ってくれるひとなんて近かれ遠かれ絶対にいる。
あたし達はひとりじゃない。

ふと、顔をあげるとうさ丸が羨ましそうにこっちを見ている気がした。