雨の日の連絡帳

午後三時半、ほぼ毎日この時間になると、幸太郎はやってくる。
両親は共働きでいないので、
僕はいつものようにパジャマ姿で玄関のドアを開ける。
はい、とかばんから僕の連絡帳を取り出し渡す幸太郎。
僕は軽く礼を言って受け取る。
朝は朝で、必ず幸太郎がうちに寄るので、
僕は幸太郎に連絡帳を渡す。
ここ最近、他人と向き合うのはこの数秒の幸太郎とのやりとりだけだ。

僕はいわゆる不登校児で、小学五年の始めあたりから
学校に行かなくなった。
友達がいないとか、そういうヘビーな理由ではなくて、
ただ、なんとなく学校に通うということが嫌になったのだ。
学校が嫌なわけで勉強が嫌なわけではない。
ただ漠然と、先が不安で、一日を学校で消化するのが怖いと思ったのだ。
一回休むとそこからは早かった。
休んだ昨日の分のノートやプリントをその次の日は
すべてやらなければいけなかった。
そして友達も、昨日盛り上がった話題をまだ
ひきついでいたりして、それにのれない僕はなんだか一人で。
だんだんそんなことが面倒になっていき、今に至る。

根性無しといわれるかもしれない。
だけど、今の世の中、高校生だって、大人だって、
ひきこもりなんてあふれるほどいて、
僕はそのあふれているなかの一人なんだ。
なんら、特別ではない。

僕は自分の部屋にもどって連絡帳を開いてみた。
一番初めのページは低学年の頃に風邪で休んだときのことが
記されていた。先生からの返事は全部ひらがなである。
二番目からのページは全て5年生になってからのものだ。

“2006年4月20日 熱があるので休ませます。”
母親の字である。その後は、先生の字で
“お大事に。最近、一日の気温の変化が激しいので気をつけてください。
今日は数学のテストがありました。信二君の得意の教科なのにもったいなかったですね。
五月の球技大会では信二君の活躍を期待していますよ。はやく治して学校に来てください。”

始めの頃は先生もたくさん返事を書いてくれたのだけど、
だんだんとそれも減っていった。
そして休んでから一ヶ月たった頃はこう書いてあった。

“信二君、何か心配事があればいつでも相談してください”

それから親も面倒くさくなったのか休みの理由さえも書かなくなって、
連絡帳の意味がなくなってしまった。
だけど、この連絡帳は幸太郎の手によって無意味に学校から僕の家に
配達される。


夕方になると母親が帰ってくる。
そして当たり前のように僕の部屋の扉越しに
「今日も休んだの?」
と聞き、僕はうんと答える。
「あ、そう」と気のない返事が返ってきて、僕の会話は終了する。

深夜、父親が帰ってくると、張り詰めた空気になる。
僕の両親は仲が悪い。
隣のリビングから喧嘩している両親たちの怒鳴る声を何度聞いたことか。

「お前のせいであの子はっ!・・・信二はこんなふうになってしまったんだろう!」
「あなたが浮気してるの知ってるんだからね!」

僕はそうなるとすぐにヘッドフォンをし聞かないようにする。
あぁ、今日も一日が終わる。

・・・そのAへ続く。